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2012年の7月から起業への道がはじまりました。。。【小藪宗博】

2012年の7月から起業への道がはじまりました。。。

 

起業家のためのUSPディレクター
小藪 宗博です。

 

私は、2012年の年末まで
消防士をしてました。

 

そう言うとほとんどの人が、
安定した公務員を辞めて
なぜ起業をしたのかと
聞いてきはります。

 

私が、安定していると言われている
公務員という職を捨て起業した
キッカケ、、、

 

それは消防士時代に感じたことに
さかのぼります。

 

私は、
サラリーマンの父親の元に生まれ
大阪の田舎で育ち、
普通に学校に行き、
普通に就職をした
どこにでもいる普通の人でした。

 
 


1998年に消防士となり、

はじめて配属された署が
西成消防署というところでした。

 

関西の方なら知っている人が
いるかもしれませんが、

 

犯罪発生率日本一、
火災発生件数日本一、
救急件数も日本一という
治安の悪いところ

そして、今の日本を
ギュッと凝縮したような所でした。

 
 

南の端は、

帝塚山と言われる
超高級住宅街に隣接し、
その付近は商店街など
自営業の人が多く、

 


そこから少し北に行くと、

大阪の中心地に電車で10分程度と
便利なトコロのため、
マンションや住宅街があり
サラリーマン世帯が多くいました。

 


そこからさらに北に行くと、

生活保護を受けている世帯が
多くいて、

 


私が主にいた北東の方には、

生活保護を受けられず、
日雇い労働で食いつなぎながら、
路上で生活する人たちがいたのです。
 

 

そして、、、

その隣には、その人たちから
搾取するヤ◯ザの事務所がある
そんな日本のイイトコ・悪いとこを
ギュッと凝縮したような区でした。

 
 

寒い時期になると、
路上で寝ている人がそのまま
凍死をしてしまうことも
あったのです、、、

 

そんな現状を見た時、

 

同じ日本人なのに、
同じように教育を受けられた
はずなのに、

 


なぜこんなにも違うのだろう

って衝撃を受けたのです、、、

 


さらに、
たとえ日本でも

社会保障からあぶれた人は
こんな末路になってしまう、、、

 


という衝撃を受けたのです。

 


しかし、衝撃を受けたものの、

当時私は消防士だったため
目の前の人を救うことしか
考えてませんでした、、、

だから、
どうしたらいいかなんてわからず
その後仕事に没頭して
忘れていったのです。

 
 

その後、
数多くの火災現場や事務仕事などに
没頭していた

2011年 3月11日に
東日本大震災が発生しました。。。

 
 
この時、今後の人生が変わる出会いをします。

 

震災の最前線、岩手県釜石市での出会い

 

発災の翌日3月12日に、
私は大阪を出発し、
緊急消防援助隊として
岩手県釜石市を中心とした場所の
救助活動にあたりました。

 


出発から25時間かけ

岩手県に到着し、
高速道路を降りると、

 


瓦や壁がところどころ

壊れているものの
特に大きな被害がないように
思われました。。。

 


でも、

津波が到達していたところから
景色は一変したのです。

 
 


見渡す限り泥と瓦礫の山、、、

 


本来そこにあったはずの

建物はなく、見えるのは
消防車や警察、自衛隊、
そして道路を通行できるように
土砂をかきわけるショベルカーなどの重機だけでした。。。

 


その時、

強烈に人の命の儚さを感じました。

 


その後、釜石市より1つ内側の

遠野市というところで
高校の体育館を借り、
8日間床に寝泊まりをしながら
活動にあたりました。

 


私は、後方支援隊といって、

主に人員の管理や車両の管理、
燃料の調達や食料の調達を
していました。

 


時には500名を超える

隊員がいるなか、
一番苦労したのは食料の確保でした。

 
 


その時、

毎日おにぎりを差し入れてくれる
ボランティアの方と話をする機会があったのです。

 


最初は多くいたボランティアの方も

 

日を追うごとに
少なくなっていく、、、

 

不思議に思い理由を聞くと、
会社に勤めている雇われている人は
どうしても会社にいかざるを得ないそう。。。

 
 

そんななか、
最後までボランティアとして
残ってたのは、

 


自分で稼ぎ、

自分の意志で、
自由に、想いにそって動いていた
起業家の方だったのです。

 
 

その時、
自らの足で立つ
起業家の方に憧れを持ったのですが

 


すぐに安定した職を離れるまでには

至らなかったのです。

 


岩手県での8日間の活動を終え

大阪に戻り
また事務に追われていた時
橋本市長の就任がありました。

 

ここで、
私が人生の舵を起業へ切った、
大きな気づきがありました。

 
 

橋本徹さんが教えてくれた「年金未来像」

 

東日本大震災の際、
岩手県釜石市で会った

 


自分で稼ぎ、

自分の意志で、
自由に、想いにそって動いていた
起業家の方との出会い。

 


その時、

自らの足で立つ
起業家の方に憧れを持ったのですが

 

安定した職を離れるまでには
至らなかったのです。

 


岩手県での8日間の活動を終え

大阪に戻り
また事務に追われていた時
橋本市長の就任がありました。

 


橋下市長が大阪市長に就任して

行ったことは大幅な人員削減と
給与のカットでした。

 


最初は仕方ないって思いました。

 


でも、

選挙の時に掲げていた
他の市民の痛みをともなう
財政再建策が、
すべて実行できず、

 


財源を確保するために

実行された施策は
2度目の人件費の削減でした。

 


公務員の給料は多いから仕方ない

世の中の声はそんな感じでした。

 
 

ですが、
私がその時思ったことは、

 
当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった
橋本さんですら、
根本的な財政改革ができないってことだったのです!

 


橋本さんですら無理ならば、

国の国会議員なんて
もっと無理、、、

 


ならば、
私達の年金って
絶対にないだろう、、、

 

そう思った時、
西成時代の状況が
強烈にフラッシュバックしたのです。

 


国や大企業から与えられる

給料に頼っていても
いつなくなるかわからない、
いつ足りなくなって
食べられなくなるかわからない

 


そんな状況に陥った時に

自分は、あの時見た西成の人達と
そんなに変わらないのではないか、、

 


このままでは、生活できなくなる

のではないかと感じたのです。

 


そして社会保障からあぶれたら

待っているのは路上生活、、、

 


そんな、なんとも言えない

恐怖を感じたのです。

 
 
きっとあなたも感じているハズ。

 

今払っている年金が、
自らが年老いた時に
本当にもらえるのだろうか?

 

今ある社会保障制度が
本当に将来もあるのだろうか?

 

国や大企業に任せていても、
どこにも安定なんかない!
 

 


そんな事実に気づいた時に、

私が今まで会ってきた人のなかで
最も自由で、最も責任を持ち
輝いていたのは、
東日本大震災の時に会った起業家の方だったのを思い出したのです。

 


かつて

ケネディ大統領が言ったように

「国があなたのために何かしてくれるかを問うのではなく、
あなたが国のためにどんな貢献ができるかを考える」

 


年金や社会保障がままならない

これからの時代に
 
自立して自分の判断で生きていける
起業を考える時代ではないかと感じたのです。

 


そこから私は

起業に向けて動き出しました。

 


まだまだ安定していると

思われている公務員をやめる
そう言うと、家族からは
猛反対をうけました。。。

 


家族からの障害って

多くの方にも起こる障害ですよね。。

 

家族の説得に半年かかりました。。。

 

年金や社会保障がままならない
これからの時代に

 

自立して自分の判断で生きていける
起業を考える時代ではないかと
感じて起業に向けて動き出した時、

 


まだまだ安定していると

思われている公務員をやめる
そう言うと、家族からは
猛反対をうけました。。。

 

家族からの障害って
多くの方にも起こる障害ですよね。。

 

私は、
両親と同居していたのもあって、
 

私 対 両親+嫁
という1対3の状態で
反対され続けました。

 

両親や嫁にとっては、
公務員は安定の象徴でした。

 

だから、辞めて起業など
もってのほか!
子どもも2人いるのに、どうする?

 

と反対され続けたのです。

 

ですが、

 

私にとって給料は下がり続け、
公務員は副業は禁止、

 


そして消防士は

筋トレや訓練しかしていない。。。

 

そんな状況で年金がなかったら、
絶対にのたれ死ぬと確信があったので
がんばって説得を続けました。

 

なぜ折れることなく説得できたのか

 

そこには、
年金への不安もありましたが、

 

それ以上に

 

誰かに与えられる生活ではなく
自らの責任で自らの足で立つ
人生を歩みたい!

 

そしてそれを伝えることによって
世の中の人の役に立ちたい!!!

 


自分が動いたら動いただけ

人の役に立てる起業の道を進みたい!

 

という想いがありました。

 

消防を辞めると伝えてから半年、
やっと認めてもらい起業への道を
歩み始めます。
 
 

そこからの道は、残念ながら
平坦ではありませんでした、、、

 

反対を押し切って起業したからには、諦めるワケにはいかなかったのです。

 

誰かに与えられる生活ではなく
自らの責任で自らの足で立つ
生活をしたい。

 

そしてそれを伝えることによって
世の中の人の役に立ちたい!!!

そう思って起業の道を進み出してから

 

様々な講座に出て
マーケティングや
コピーライティングを学びました。

使った額は1000万円!

 

でも、、、
売上げはゼロでした(>_<)。

 


自ら起業してゼロから稼ぐ

仕組みや仕掛けを
どうしたらいいのか?

 

学んでも学んでも
売上げに繋げる方法が
わからなかったのです。

 

結果、

自分の足で立てる手段が
見つけられず
貯金を切り崩しながら
生活するのが精一杯、

 

最後には借金しか
残りませんでした。。。

 
 


起業を諦めてサラリーマンに戻るべきか、、、
夢を押し続けるべきか、、、
 

どん底の生活を味わっていた時に
USPセオリーに出会いました。

そこで2014年の1月から、
お客様に選ばれる理由を創り出し、
売上げに繋がる仕掛けと仕組みを知り

 


そこから4ヶ月半で

月商230万円をあげることが
出来ました。

 

その後も、
コンスタントに月商7桁をあげ、
起業1年目から年商1000万円を超えることができました。

 

今では年商2000万円を
超えています。

 

そして、関わる起業家の方々も、
続々と月商7桁を超えています。

 


元消防士というビジネス素人でも

売上げに繋げることができた方法。

 

 

それは、
実は大切なヒントは

失敗のなかにあったのです。

 

私をはじめ、
関わる門下生がなぜ成果が出ないのか
どうすれば成果が出たのかを
体系化していきました。

 

成果が出ていない9割の起業家の方が
陥っている25のトラップを
1枚のチェックシートにまとめたのが


「トラップ・キャッチャー」です。

 


うまくいかない「失敗の原因」を明確にし

改善策を手渡すことで起業家の方々の成果が
劇的に変わったのです!

 

今は、
素晴らしい想いやスキルを

持っている起業家がお客様に選ばれ、
売上げに繋げられるように教えています。

 

 

もしあなたも
がんばっているのに成果が出ない、
そんな時は1度チェックを
受けてみてください。

 

▼実は、大切なポイントは失敗のなかにある!▼

———————————————————–
000人を超える起業家が読んでいる

売上が安定しない集客できない不安解消!
起業を成功に導くマーケティング・メソッド

http://usp1000.com/?p=2192
——————————————————- 

 

できるからやる。のではなく、
やるからできるんや( ̄^ ̄)ゞ

 


最後まで読んでくれておおきに(^^)

 

3秒で顧客の心に火をつけろ!
起業家のためのUSPディレクター
小藪 宗博

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